老活、始めました~貯金目標・定年までに2000万~

55歳、手取り23万のバツイチシングル女子が、定年までに1000万の貯シングル女子が、定年後の「人生の放課後」を楽しく生きるための準備をします。家計簿は毎日公開、定年までに2000万円かくほするのが目標ですが、お金を使わずに楽しく暮らす方法も提案します。

今日の私は、かなりどうかしています

昨日は、春分の日

春のお彼岸でした

この時期に、必ず行くところがあります

 

母の墓参です

 

もう七年も前のことになりますが

まだ昨日のことのように、記憶が生々しく残っています

母は事故で急逝しました

当時、父と母は二人で暮らしていました

父が趣味の囲碁を打ちに出かけている間に

自宅の階段から足を滑らせました

 

生前からずっと

病気で長患いするのは嫌だ

家族に看護で迷惑をかけたくない、と

言い続けていました

病院で死ぬのも嫌だ、一生自宅で暮らしたい、とも

言っていましたから

母としては、満足しているのかもしれません

ですが

私や父のように、残された方としては

何もかもが急すぎました

 

私は、母の死に目に会っていません

全てが終わった後で、父からの電話で

事態を知りました

当時は関西に住んでいたもので

電話を受けてから、父のところに来るだけでも

四時間以上かかりました

 

一番ショックだったのは父なのは、間違いありません

私が着く前に、救急車を呼び

お医者さんから、宣告を受け

でも、きっと何よりつらかったのは

不審死扱いで、警察が入ったことでしょう

 

頭ではよくわかっています

一番に疑われるのは、配偶者

刑事ドラマを見るまでもなく、

世間一般の常識でしょう

 

ですが、父は当然ながら

ひどく傷ついていました

春と秋のお彼岸、それに、母の日や、母の誕生日、命日

墓参に来るたびに、その時のことが

克明に思い出されます

関西では「時間ぐすり」という言葉があります

どんな傷も、時がたてば癒される、と

いう意味らしいのですが

この「時間ぐすり」も全くききません

いつまでも、過去にはなりません

 

それに私は母に

最後の別れの言葉も言えませんでした

ありがとう、あなたの娘でよかった

その一言さえ、言えないまま

今生の別れになってしまいました

母が世を去ってから、もう七年近くたちますが

何かが心に刺さったまま

ずっと溶けずに、今日まで来ています

 

私がほかの人よりも父との距離感が近く

少し気を使いすぎるくらいなのも

おそらくは、母を

たった一人で逝かせてしまったことの

反動なのだと思います

せめて、父だけは

大切に、大切にしたいと思っています。

 

母の墓参の日は、どうも情緒の安定を欠きます

食事も、朝からコーヒーだけで済ませてしまうか

妙に食べすぎるかのどちらかでした

この頃、やっと食事の分量だけは

正常に保てるようになったものの

お金の使い方は自分でも

正常ではないな、と思います。

消費額だけで、約一万円弱です

 

 消費      1653円(足代・花代)

                                             3476  (猫爪とぎ) 

                                               4655円  (生鮮食料品)

  

前期予算残額(3月24日まで)

  消費    6282円

         浪費     2400円

      投資            468円オーバー

 

モロに使いすぎです

わかってはいるのですが

母の墓参の日は、やはりどうにもなりません

今日の私は、かなりどうかしています

 

プール貯金   9805円

 

 臨時収入残額     18250円  

 

定年後用貯蓄    13万円

 目標残額残      987万円